レバノン情勢:停戦決議案をどう読むか?

イスラエル・レバノン間の戦闘が激化し、双方で1000人をはるかに上回る被害者が出ている。この戦争を停止すべく、国連の場を通じた停戦努力が行われており、フランス・米提案の安保理決議案がローテートされた。報じられている決議案骨子は以下の通りである。

○ ヒズボッラーによるすべての攻撃とイスラエルによるすべての攻撃的な軍事作戦の即時停止に基づく、敵対行為の全面停止を求める。
○ レバノン政府の支配が全国土に及びことの重要性を強調する。
○ イスラエルとレバノンに対し、以下の原則に基づく問題解決を要請。
・シャバア農地を含むレバノン国境の画定
・レバノンのすべての武装グループの武装解除を要求した決議1559号の完全履行
・レバノンへの国際部隊展開
・レバノン政府による認可のない同国への武器供給禁止
○ 両国の合意を条件に、新たな決議により国際部隊展開を認める意思を表明。
○ 国連事務総長に対し、1週間後に決議履行状況報告を求める。

イスラエルがこの決議案に同意する一方で、レバノンはこの提案を拒否、イスラエルのレバノン領土からの撤退事項を含める等の要求を行った。また、シリア並びにイランは、この決議案をイスラエルに一方的に有利として非難している。

停戦はレバノンが欲するものであるはずなのに、なぜレバノンはこの停戦決議案に後ろ向きなのであろうか。それは、一部で報じられているように、レバノンにとって無視できない政治勢力となっているヒズボッラーの「拒否権」ゆえにレバノンが決議案を受諾することができないと理解するべきなのだろうか。

国際政治において「いずれが善か」を議論することはあまり意味がないように感じるが、今回の停戦決議の内容およびタイミングはイスラエルの要求に沿ったもののように思われる。このようなイスラエル寄り、というよりもイスラエルを擁護する米国寄りの国際社会の趨勢は、冷戦後の中東の縮図ではないだろうか。パレスチナ問題についても同様であろう。冷戦時代には、中東諸国は自らの利益にしたがい、ソ連と米国をうまく利用しつつ、イスラエルとのバランスを取ってきた。しかし、イスラエルの擁護者たる米国が唯一の超大国となった冷戦後の中東では、米国とどのような関係を築くかが中東諸国の課題となり、同時にイスラエルの意図を軸に中東における政治が動いてきたように思われる。

今回の戦争もこの枠組みの下で理解できるのではないか。そもそもイスラエルは、ヒズボッラーによるイスラエル兵士拉致をきっかけとして、ヒズボッラーの掃討・壊滅を目指し、これに米国が同調して、人道的見地はさておき、レバノン攻撃継続を強引に進めてきた。イスラエルは伝統的に、自国外に、占領地域を含む安全保障地帯を設置することで自国の安全を保証しようとしてきたが、今回も2000年以前のレバノン占領地を維持する形で安全地帯の設置を既成事実化しているようだ。また、米国の拒否権行使を免れて成立したこれまでの66本のイスラエルに関連する国連安保理決議のほとんどを無視してきたイスラエルは、レバノン・イスラエル間に展開するUNIFIL(国連兵力引き離し部隊)の現行の役割を好ましく思っていないようである。

つまりイスラエルは、即時停戦ではなく一定の時間を与えられてヒズボッラー掃討作戦を進めるのみならず、レバノン領土内に安全保障地域を設定し、ヒズボッラーにダメージを与えると共に武装組織としての能力を奪い取り、自国のレバノン攻撃の権利を留保しつつ、将来においては国連部隊に代わる多国籍軍の展開を望んでいるのではないだろうか。
このようなイスラエルの要求に今回の決議案はほぼ沿っている。その意味で、シリアやイランの決議非難には一定の根拠があるようだ。

翻ってレバノン側であるが、確かにレバノン国内におけるヒズボッラーの影響力を無視することは困難であろうが、彼らとしては、即時停戦・イスラエルの撤退および紛争前の状態に戻すことを要望していると思われる。

日本ではほとんど報じられていないが、ヒズボッラー所属閣僚を含むレバノン閣議で合意された和平案なるものがある。それは以下を骨子としている。
○ 即時停戦
○ イスラエル軍の南レバノンからの撤退
○ 戦闘により難民化したレバノン人の帰還
○ 国連軍並びにレバノン軍の南部レバノン展開
○ ヒズボッラーの非武装化

どちらの国の要求が正義に基づくかは別としても、イスラエルの要求に対する配慮の度合いと比較して、レバノンの要求が考慮された決議案が検討されているとはいえないようである。また、今回の決議案には、イスラエルの自衛的な攻撃停止は要求されていないが、このこともレバノン側をいらだたせているのかもしれない。8月初頭の停戦は、イスラエルも合意したものでは逢ったが、「防衛的な性格」との口実の下、イスラエルの攻撃が止むことはなかった。今度の決議案が採択されても、この決議案だけで本質的に事態が打開されるものとなるのであろうか。まだまだ、中東の混乱と市民の苦難は継続しそうである。